第2部
よりよい療養生活を
おくるために

6. 自宅で療養生活を続ける

体験談5

骨髄移植を経て

私は介護の仕事をしながら、娘たちの子育てに毎日奮闘しつつも幸せに過ごしていました。下の娘たちが2歳になった頃、「なんだか最近すごく疲れるなぁ」と思ったのですが、日々の生活の疲れだろうとあまり気にせずにいました。

そんなある日、夜中に具合が悪くなって救急で病院へ。血液検査の結果は、MDS骨髄異形成症候群。聞き慣れない病名でしたが、看護師をしている当時23歳の長女の様子を見て、ことの重大さを感じました。双子の娘たちはまだ2歳。もちろん落ち込みはしましたが、「子どもたちのためにも必ず治すんだ!」という強い気持ちで治療を始めました。

そんなある日、夜中に具合が悪くなって救急で病院へ。血液検査の結果は、MDS骨髄異形成症候群。聞き慣れない病名でしたが、看護師をしている当時23歳の長女の様子を見て、ことの重大さを感じました。双子の娘たちはまだ2歳。もちろん落ち込みはしましたが、「子どもたちのためにも必ず治すんだ!」という強い気持ちで治療を始めました。

骨髄移植という治療を選択しましたが、父がアメリカ人、母が日本人の私は、適合するドナーを見つけるのが難しく、家族からの移植となり、結果は長女から骨髄移植をしてもらうことに……。しかし、娘の骨髄も半分しか適合しておらず、移植後も拒絶反応に悩まされ、つらい闘病生活が続きました。

「なぜ私がこんな思いをしなきゃいけないのか」と、くじけそうになる時もありました。一番つらかったのは身体よりも、小さな娘たちとほとんど会えなかったことです。でも、私の不在の間、夫が子育てをし、娘たちの様子を携帯電話の動画でこまめに送ってくれていました。長女は妹たちの保育園のために、かわいいキャラ弁当を毎週作りに来てくれました。主人の実家、私の実家、みんなの支えがあり、10ヶ月の入院生活を経て退院することができました。

退院後も週に3日、透析の治療を受けています。病気になる前の生活に100%戻れたわけではありませんが、私にはこの病気を通して初めて感じることがたくさんありました。今は周りの人々への感謝の気持ち、当たり前の生活ができる日々の幸せをかみしめながら生きています。

(40代 女性)